UEFA 欧州選手権ドイツ-ハンガリー戦における政治的中立性についての議論

パンデミックにより延期され、2021年の今開催されているUEFA EURO2020。昨日はミュンヘンでドイツ対ハンガリーの試合が行われ、辛くも引き分けに持ち込んだドイツが決勝トーナメント進出を決めました。

この試合に先立ってドイツで議論になっていたのが、「ドイツ-ハンガリー戦に合わせてミュンヘンの競技場を虹色にライトアップする案をUEFAが拒否した」ことの是非です。

背景

ことの発端はハンガリーで5月に提案され、6月に成立した、未成年に対して同性愛や性転換を宣伝・奨励することを禁止する法律です。法律のそもそもの趣旨は、児童に対する性的虐待を防止する、ということのようですが、そこに反LGBT的な要素が加わったことや、具体的にどのような行為が「同性愛や性転換を宣伝・奨励する」とみなされるのかが曖昧で、性的少数者を抑圧するために濫用されかねないということで、EU各国が非難の声明を出すようなことになっています。

それに呼応して、ドイツ-ハンガリー戦の開催地であるミュンヘン市が、試合に合わせて競技場を虹色にライトアップすることを提案し、主催者であるUEFAが政治的中立性を理由にその提案を拒否する、ということが起こりました。「虹色」というのはこの場合、いわゆるレインボーフラッグの色を指します。

競技場を虹色にできないならと、ドイツチームのキャプテンであるノイアーが虹色の腕章を着用したり、観客が虹色を着用して競技場入りしたり、ミュンヘン以外の競技場企業こぞって虹色を取り入れたプロモーションを展開したりと、虹色を表示することが一種の社会現象のようになっています。

UEFAの決定に対する批判

UEFAの決定に対するドイツメディアや人々の態度は総じて、「UEFAは偽善的だ・矛盾している」というものです。

確かに、UEFAは多様性や公平性を謳っていて、虹色の表示に反対する理由はないように見えます。実際、昨日の試合前には、「虹色は政治的シンボルではなく、多様で包括的な社会を目指す決意を表すものだ」という趣旨のツイートをしています。「UEFAにはハンガリーに忖度しなければならない理由(変異したコロナウイルスが広がるイギリスの状況次第では決勝戦をブダペストで開催するかもしれない)があるのだ」というような批判もあります。

一方で、UEFAは他の多くのスポーツ組織と同様「政治的中立性」を謳っていて、ミュンヘン市のライトアップ案を拒否した理由にも挙げられています。

この「『虹色』は政治的なシンボルではない」と言いながら「競技場を虹色にライトアップするのは政治的な行為だ」というUEFAの態度は、一見たしかに一貫性を欠くように思えます。しかし本当にそうだろうか、ということを以下で考えてみたいと思います。

UEFAの決定を批判する人の多くが理解していないのが、「メッセージや行為それ自体は政治的でなくても、状況次第では政治的な意味を持ちうる」ということと、「政治的中立性は、主張の『正しさ』に関知しない」ということです。

ミュンヘン市の案に対するUEFAの回答は、端折って和訳すれば以下のようになります。

UEFAはミュンヘン市長から、ドイツ-ハンガリー戦において競技場を虹色にライトアップすることを要請する手紙を受け取りました。

この手紙の中で、市長は、ハンガリー国会の政治的決断(“反LGBT的”法案の可決)が背景にあることを強調しました。

UEFAは、要請の意図が多様性や包括性を奨励することであることを理解していますし、それは欧州各国のチームや選手たちと協力してUEFAが支援してきたことでもあります。

しかし、UEFAは定款により政治的・宗教的に中立であることが定められています。今回の要請の意図が、ハンガリー国会の決定に対するメッセージであるという政治的な文脈を踏まえると、要請を断らざるを得ません。

UEFAは、6月28日もしくは7月の3-9日(どちらもChristopher Streetにちなむ欧州LGBTコミュニティにとっての記念日・週)に競技場をライトアップすることを提案します。

メッセージや行為それ自体は政治的でなくても、状況次第では政治的な意味を持ちうる

UEFAは、「虹色や、それを掲げる反差別の運動」それ自体を政治的だと言っているのではなく、対戦相手国の政治的な決定に対して明示的にメッセージを送ろうとすることが政治的だと言っています。言い換えれば、メッセージの内容ではなく意図が問題だということです。

サウジアラビアと対戦する国が、その試合の日に限って「競技場内ではアルコール飲料と豚肉料理しか売りません」と言えばそれは明らかに宗教的あるいは政治的なメッセージになります。

ある人が真夏に外へ出て「暑い!」と言うのは勝手ですが、例えばAさんが、在宅勤務中の私に「Bさんが冷房の設定温度を上げたからオフィスが暑い!」と文句を言ってきたら、暑がりの私でも「Bさんに直接言ってください」というでしょう。「Bさんに直接言う」というのは、政治の場でハンガリー政府に対して、あるいはスポーツ以外の場でハンガリー国民に対して、直接働きかけていく、ということに対応します。

ミュンヘンの競技場がそもそも虹色をしているとか、毎週水曜日は虹色のライトアップをすることになっているとかであれば問題にはならなかったでしょう。実際UEFAは、直近に訪れるChristopher Street Dayに合わせてライトアップすることを提案しています。この逆提案がまた反感を買っているようですが、「(LGBTコミュニティにとっての記念日である)Christopher Street Dayではなく対ハンガリー戦でなくては意味がない」という主張それ自体が、ライトアップが政治的なメッセージであることを示しています。

政治的中立性は、主張の『正しさ』に関知しない

競技場を虹色にライトアップすることの政治性を認めた上で、「でも我々は正しい・良いメッセージを送ろうとしているのだからライトアップを認めるべきだ」という主張も見聞きします。

これは、冷房の例えで言えば「そうはいっても設定温度が30℃って異常だからやっぱりBさんに一言言ってやってよ」という要求です。確かに30℃は暑すぎだな、とは思いつつも、やはり在宅勤務の私(UEFA)は「冷房を巡るあなた方の争いには関わりません」と言うでしょう。Slackに#atsugariチャンネルを立てて暑がり仲間と対策を話し合ったりはするかもしれませんが。

この「良いメッセージだから」政治的中立の原則を無視してよい、というのは独善的で、全体主義的な考えに思えます。自分たちが正義と思っていることが相手にとっては不正義であるからこそメッセージが政治的な意味を持つわけで、「自分たちが正しく相手が間違っている」という信念の度合いが強いほど、政治的中立は忠実に守られなければならないでしょう。

政治的に対立する国々が集まって平和的にスポーツで競い合うことに価値があるわけで、そこへ政治が入り込む余地を与えてしまえば、仲良し同士、内輪の競技会しかできません。

スポーツにおける政治的中立性は、いわば対立する国々の間の緩衝地帯のようなもので、「正義の我々が緩衝地帯もろとも支配下においてやろう」などというのは、野蛮すぎるでしょう。

その他

私自身、多様性を謳うことが政治的だとは思いません。世の中には多様な人が「いる」のであって、それを素直に認めてお互いを尊重して生きようというだけのことです。しかし、多様性や個人の幸福よりも画一性や全体の調和を重んじる社会もまた「ある」わけで、そういった社会にも多様性を重んじる価値観を根付かせようと思えば、政治的な働きかけが必要になるでしょう。実際、EUやEUメンバー各国が、ハンガリー政府を批判する声明を出していますし、今後も各レベルで働きかけが続いていくでしょう。その場合でもやはり「我々が正義で奴らは悪だ」というような単純な二元論にはどちら側でも賛成しかねます。生産的でなく、分断を恒久化することになりかねないからです。

ドイツを始めとする欧州諸国は負の歴史から、全体主義やスポーツの政治利用の害について学んだものと思っていましたが、主流の考えが人種差別的なナチとは反対側に移ったと言うだけで、根本的にはあまり変わっていなさそうなことが透けて見えて残念です。

今回の試合、ゴール裏のハンガリー側の応援席には、ネオナチとして知られるフーリガンが集まり、反LGBTのメッセージを表示したり、ナチ式の敬礼をしていました。一部は逮捕されたとは言え、他の試合でも人種差別的な言動を問題視されていた彼らを排除しなかったことは批判されて当然でしょう。

「ハンガリーはEUメンバー国であり、EU共通の価値に 沿う必要がある」とか「他のEU諸国も他人事と捉えるべきではない」という主張もそれ自体はまっとうな主張ですが、UEFAはEUと特に関係なく、ハンガリーがEU憲章に違反しているからといってUEFA主催の大会からハンガリーを締め出したりできるわけではなく、的外れです。

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