寿司とラーメンと水際対策(1)

2021年12月17日、ドイツのハンブルクからパリ経由で成田空港に到着した。飛行機から降りたのが午前11時過ぎだったと思う。検疫所の指定する待機施設(ホテル)に到着したのが夜8時頃。6日間の施設待機ののち実家に戻り、大晦日の今日いっぱいで”自主”隔離の期間が終了する。

一口に水際対策といっても、日本人が対象のものと外国人が対象のものでは根拠法からして違うようだし、直近に滞在していた国(≈出発国)によっても内容が違う。どこのどのような施設で待機を求められるか、というのは運や帰国の時期次第のようでもある。要するに各人の経験は互いに大きく異なっていて、Twitterなどでは、初日から自宅等での待機が認められた人の「そんなにひどいもんじゃなかったよ」というような経験談と、ナントカ大学校の薄汚い寮に押し込められた人の「まるで刑務所、犯罪者扱いだ」というような経験談がごちゃまぜになって流れてくるので、当事者以外には一体何が起きているのかよくわからないんじゃないかと思う。そもそも自分自身や家族、友人などが当事者でない、日本に住んでいる”普通の”日本人にとっては関心の対象ですらないかもしれない。

ここでは、あくまで僕自身の視点で、この2週間に経験したことや考えたことをまとめておこうと思う。また、水際対策について「論ずる」タイプの文章でないことは断っておく。水際対策に直接関係ない記述をふんだんに含む、だらだらとした旅行記的なものと思ってもらえればよい。

思いのままに書いているうちに長くなってしまい、すべてを今日中(今年中)に書くことが難しそうな感じになってきたので、待機施設に到着するところまでを第一部として先に公開し、続きはあとから公開することにした。

帰国の計画

2020年末、ちょうど今回と同様の日程で帰国した。当時は到着後の自主隔離は文字通り「要請」で、公共交通機関を使おうがすぐにどこかへ飲みに出かけようが特にお咎めはなかっただろうと思うけれど、それは信条に反するので両親に空港まで車で迎えに来てもらい、14日間は実家から一歩も出ず、車の中でも家の中でもマスクをして過ごした。

2021年は割と忙しい年だった。正確に言うと、忙しく感じた年だった。去年の6月に働き出した会社で信頼を勝ち取り、いろいろな仕事を結構自由にやらせてもらった。一方で、マネジメントや採用など、経験のないことにも手を出し始め、いちエンジニアとしてやりたいことと、将来のキャリアの土台になる(かもしれない)仕事のバランスを取るのに苦労した。だんだん器用に仕事をこなせるようになってきて、日中にジムに行ったり昼寝をする時間を確保できるようにもなったのだけど、仕事が終わる頃には疲れ果ててしまい、それから夕食の準備をしたり剣道の稽古をして帰ってくると、もうあとは食べてNetflixでちょっと何かを観て寝るだけ、というような日々を繰り返すことが多かった。仕事終わりや週末に個人プロジェクトをやろうとか、ゆっくり本を読もうというような気にもなかなかならず、暗くて寒い冬が始まってからは更にその傾向が強まった。

前置きが長くなったけれど、本来なら数ヶ月前には帰国の予定を立てて休暇を申請し、航空券の予約などしておきたいところが、「水際対策の行方がわからないから」などと言い訳しながら先延ばしにし、重い腰を上げたのが11月の2週目だった。上司には以前から折に触れて言っていたとおり、ほとんど使わずに残っていた有給休暇をまとめて取って丸一月の休暇にした。給料が上がった一方で支出は減り、フトコロに余裕があったので初めてプレミアムエコノミーのチケットを取った。

その時点ではドイツからの入国者は14日間、自宅等で自主隔離を求められることになっていたので、両親の都合のつく日時に到着する(最安でも最速でもない)便を予約し、昨年同様空港まで車で迎えに来てもらい、実家で14日間を過ごすつもりでいた。

ところがその後になって、ドイツからの入国者は6日間、検疫所の指定する施設(ホテル等)での待機を求められることになった。こんなことになるなら最安もしくは最速の便を予約すればよかった、もう一日早い便を取ればよかったなどと後悔したが、後の祭りである。

帰国直前

搭乗・入国に際してPCRテストの陰性証明書が求められるので、出発二日前に、ハンブルク空港内のテストセンターで89€払って「PCR (Japan)」というのを受けた。

出発当日、早朝ということもあって比較的空いているハンブルク空港を発ち、パリCDG空港に到着。空港内で感染、なんてことになると困るので、できるだけ空いているエリアを探して、仕事をしたり本を読んだりしながら約5時間を過ごした。

予定ではそろそろ搭乗開始、という時間になって搭乗口近くの様子を伺うと、当然ながらそこにいるのは大半が日本人と思しき人々である。軒並み落ち着かない顔をしているように見える。

そこへ、どう考えても日本行きとは思えない人々が、静かに搭乗開始を待っていた日本行きの集団と同数かそれ以上の数で押し寄せてきて、ガヤガヤと騒ぎながら列になるようなならないような形で搭乗口に集まりだした。ディスタンスもクソもない、密集状態。

搭乗口のAir France職員たちも混乱しているようで、成田行きの表示とアナウンスがされているのに搭乗口に殺到しているのはおそらく全然別の目的地へ行く人達。やがて両集団が入り乱れ密集する形となり、僕はそれを少し離れて観察していた。あとから来た集団のうち、一部はゲートを通って搭乗していったが、他の人々はやがて大騒ぎしながらどこかへ去っていった。

予定より30分-1時間ほど遅れてようやく搭乗が開始され、さらに機材の不備で出発が更に1時間ほど遅れてようやく飛行機は日本へ向けて飛び立った。「あの密集状態で感染が広がっていてもおかしくないな」と思った。

プレミアムエコノミーの席は確かにエコノミークラスの席より明らかに広くて脚置きと足置きがあって快適だったし、隣の席との間にはしっかりした仕切りがあって、隣の人の膝がハミ出してくるとか、肘置きの奪い合いになるとかいうことはなさそうだった。しかしこのご時世、飛行機はガラガラで、僕の隣は空席だったし、エコノミークラスで3列独占状態になっている人も多かった。プレミアムエコノミーより、エコノミーで3列独占のほうが快適だろう。

到着〜入国

到着

飛行機が成田空港に到着すると、まずは乗り継ぎの客が降ろされ、われわれ入国組は15分ほど遅れて降機を開始した。噂に聞く「スタンプラリー」の開始である。

一列に並べたパイプ椅子に座らされ、必要な書類を一通り持っていることを係員が一人づつ確認していく。その後いくつのチェックポイントがあり、具体的に何をどういう順番で行ったかはもうはっきり覚えていないが、健康管理シートだかなんだかいう追加の紙切れを渡され、書類を見ればわかるはずのことを繰り返し尋ねられ、体温測定をし、MySOSというアプリを入れさせられ、位置情報がonになっていることを確かめるためにGoogle Mapsを開けなどと言われたりした。「誓約書」の確認も複数回あった。この「誓約書」は滑稽極まりないと同時に恐ろしいもので、目にしたことがない人はぜひ読んでみてほしい。

要するに、入国後14日間は指定の待機施設から外出しないことや、位置情報の追跡、所在確認のためのビデオ通話などに応じることなどを「誓約」させるもので、それだけならまだしも、制約に違反した場合は氏名等が公表され得ることの承諾も含んでいる。要するに、法的根拠のない罰則をチラつかせて水際対策への”協力”を半ば強制しようというわけである。これについては後述するが、僕は感染防止策には端から協力するつもりであるものの、個人情報の公表などという法的根拠もなければ実効性にも乏しい(e.g. 僕は氏名が公表されたところで痛くも痒くもない)”罰則”に同意するつもりはなかったので、「感染防止策には自分の意思で協力するが、誓約はしない」旨を書き加えて提出した。スタンプラリーの途中、検疫所の職員と思われる人が誓約書をチェックした際は、ん?という感じで手を止め、僕の書き足した内容を何度か読み返した後、確認済みを意味するチェックマークをくれた。

そんなこんなで最後にPCR検査を受けて、本来は乗り継ぎの搭乗口であろうと思われる場所の、番号付きの椅子に着席してテスト結果を待つよう指示される。ここまでで到着からおよそ1時間が経っていた。

スタンプラリーの途中、喫煙習慣の有無やアレルギーの有無、あるいは同行者の有無など、滞在施設への振り分けに関わる質問を受けた。僕はリキッドタイプのeシガレットを吸うが、厳密に言うと喫”煙”はしない。実際壁紙などに臭いや色がつくような性質のものでもない。要するにニコチン入りの香りつき蒸気のようなものなので、禁煙部屋でも実質的な問題は生じないのだけど、後で文句を言われても面倒だし、気兼ねなく吸えるならそのほうがいいと思って「喫煙」にチェックを入れた。

同じ便で到着したと思われる人が数十人、次から次に着席していく。去年の帰国時と同様、30分程度で結果が出て呼び出されるものと思っていたが、30分が1時間経っても呼び出される気配がない。しびれを切らした人が職員に尋ねているのが耳に入ったところによると、どうやらテスト結果はとっくに出ていて、待機施設であるホテルの部屋を確保するのに時間がかかっているということだった。2時間か3時間くらいたってようやく、同便で到着した人々の多くが順に呼ばれて去っていった。彼らを集めて職員が説明することには(聞き間違いでなければ)、彼らは「中部のどこか」へ連れて行かれるということだった。喫煙できる部屋の確保に時間がかかっていることもこのあたりで知った。

10人ほどと一緒に取り残された僕は、どこか遠くへ連れて行かれることを覚悟した。機内での朝食以来なにも食べておらず、空腹でボーッとしてきたので、せめて何か食べるものはないのかと尋ねると、パンと水を配ってくれた。さらに待つこと約2時間、ようやく呼び出しがあり、検疫所による入国前の最終チェックポイントに向かい、テスト結果の通知と待機施設の通知を受ける。

ホッとしたのもつかの間、僕の「誓約書」を見た検疫官が、「名前が書かれていないので受理できない」と言う。名前は二箇所にはっきりと記入してあると伝えたが、「___は、(中略)誓約いたします」の下線部に名前を書かないといけないという。手に負えないので検疫所の「上席」なる人物と電話で話してくれ、ということになり、電話を借りてその「上席」と小一時間押し問答をした。これについても後述するが、根負けした僕が穴埋めをして「誓約書」は受理された。しかし、僕が乗るはずだったバスは当然僕を置いていってしまったので、再度呼び出しを受けるまで更に1時間ほど待った。

入国・ホテル着

飛行機が成田に着いてから実際に入国するまで、約8時間を要したことになる。入国手続自体は通常通りで、自動ゲートを通って入国し、預け荷物のコンベヤへ行く。「優先受け渡し」どころの話ではなく、約8時間に渡って放置されていたのであろう2つのスーツケースを回収し、税関で酒類の税金を支払ってバスを待った。

不幸中の幸いとでもいうか、遠方ではなく空港隣接の東横インへ他の十数人とともに運ばれ、ホテル滞在のガイダンスを受け、部屋に入ったのは夜8時ころだった。

(続く)

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ITOH Akihiko

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